進学塾nend

愛と名誉のために

      2015/02/27

新年を迎えて、私たち塾の講師はおそらくどこも目まぐるしい日々を過ごしてきたように思う。もちろん、休みらしい休みもないわけで、それがつらい・苦しいと思うか、やりがいがある・充実していると感じるかは、それぞれにあるだろう。
同じ、子どもたちに教えるという仕事をしていても、何を自らの基盤とするかは人によって異なる。

“人の振る舞いの基盤は”スコット・フィッツジェラルドが書いている、“堅い岩である場合もあれば、沼沢である場合もある”
日の出とともに目をさました時、その言葉が頭に浮かんでいた。私は、垢だらけで悪臭を放ち、汚れ、嘔吐物、鼻水、乾いた精液の上に砂をかぶったまま坐って、今の言葉と『華麗なるギャツビー』を思い、読んでから何年もたった今、今朝、それもつい先ほど読みでもしたかのように、無意識のうちにはっきりとその言葉が頭に浮かんだのを不思議がった。
“人の振る舞いの基盤は、堅い岩である場合もあれば、沼沢である場合もある”私は、酒を求めて全身が悲鳴を発し、煙草を求めて喉がふさがるような思いを味わいながら、よろよろと立ちあがった。(略)“きみを必ず取り戻す”声に出して言った。“きみがおれの岩になるのだ”
『愛と名誉のために』ロバート・B・パーカー

この本は十代のころ、何度も読み返し、それこそバイブルのように抱えて生きてきたように思う。最愛の恋人を失った男が、人生を失い、再び人生を取り戻す物語で、男としていかに振る舞うべきかのすべてをここから学んだように思う。

私が今の仕事始めたばかりの22歳のとき、会社の先輩から「君はこの仕事で何をしたいの」と尋ねられた。私が「子どもたちを幸せにしたい」と言うと、「それはウソだよ。きれいごとでしかない」というようなことを言われた。そのときは、(あー、わからないんだろうな)と思った。わかってもらおうとも思わなかった。
32歳でスクールnendを立ち上げたとき、古い友人に会って、同じことを訊かれた。
「きょうまはどういう風に自分の塾をやっていきたい?」
「子どもたちが幸せになれるようにしたい」
「いや、そういうんじゃなくて」
そういうんじゃなくて?ほかに何があるというのだろう。この仕事は素晴らしいし、やる価値がある。これが自分にとっての基盤なんだ。

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