進学塾nend

旅せよ乙女

   

僕の教え子のエム美ちゃん(仮名)が某大学のAO入試を受けるにあたって、「旅についての国内文学作品を読み、その内容について考察せよ」というレポートを書くことになった。

「何読んだらいいですかね」とエム美。
うーん。旅について書かれた本というと、川端康成の「伊豆の踊子」かなぁ。沢木耕太郎や椎名誠もいいかも。北杜夫の「どくとるマンボウ」に、そういえば村上春樹も書いてたっけ。エム美の好きな作家さんは?と訊ねると、
「わたし、本、読まないんで(ニコッ)」
おいおい、じゃあどうしてキミは国文学科なんて受けようと思ったの…としばし絶句。
そんなエム美と筒井康隆「旅のラゴス」でレポート作成。エム美は読む人、僕書く人。で、見事合格やったー!これでいいんですかね。

高校生のころ、一人旅をしたことがある。
大阪からバスでばぁちゃんの住んでいる岡山県の津山市まで行き、そこから気の向くまま歩いて行こうと、とりあえず53号線を岡山市街まで歩いていくことにした。
「スタンドバイミー」のリバー・フェニックスよろしく、ローカル鉄道の津山線の赤いレールの上をバランスをとりながら歩いたり、川沿いのこいのぼりの流しを写ルンですに収めたり、誕生寺にお参りしたり。本当はヒッチハイクしたかったんだけど、人一倍恥ずかしがり屋の僕は親指を立てられなかった。
日が落ちて辺り一帯が青い闇に沈むころ、山間の県道はひっそり閑と静まり返り、木々が風にざわめく音しか聞かれなくなる。僕は小型のテントを県道から少し外れた平らな場所(ひょっとしたらそれは畑の中だったのかもしれない)に設置し、早々と寝ることにした。

深夜。なぜかくっきりと目が覚めてしまい、テントの中で身を起こした。時計はなかったが、おそらく真夜中は過ぎているだろう。五月で、眠りについたときには気づかなかった冷気があたりを包み込んでいる。
と、テントの化学繊維の薄い生地を通して、何かの気配を感じた。息を殺してテントの周りをゆっくりとまわる獣の気配。オオカミ?うそやろ?ありえへん!
背負い袋から十徳ナイフを取り出して、折り畳みの刃を開く。息を殺す。静寂。耳の中で心臓がどくんどくんと脈打つ音。どこかで鳥の羽ばたく音。静寂。

どれくらい時間がたったのか。まんじりともしないうちにうっすらと夜が明ける。テントから出ると薄もやに包まれた清らかな朝。黒々とした森もディティールを取り戻して、どこにでもある森に戻っていた。あれは夢だったのかな。

近くの民家の庭の水道から勝手に水を借りて顔を洗い、ついでにチャリをぱくって岡山までペダルを漕いだ。早朝の岡山駅につくと新幹線で大阪に帰った。これが一人旅の顛末。とっぴんぱらりのぷう。

旅が今よりもっと大変な時代には、紀行文がどれほど人々の心を魅了しただろうか。
“かわいい子には旅をさせよ”の意味も今と昔じゃずいぶん違う。インターネットで現地の情報も詳しく分かり、いつでもお手軽に旅行に行ける時代だから紀行文だって流行らない。今の若者が読むジュブナイル小説では異世界に行くものが人気らしい。地球上にはもはやミステリーは残っていないようだ。

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