進学塾nend

Nend Commnuity News 2015-9月号 電子版

   

「今月の言葉」

船は港にいる時最も安全であるが、それは船が作られた目的ではない。

―― パウロ・コエーリョ(小説家・ブラジル)

トピック「一人ひとりは自分のために」

あるとき子どもから、こんなことを言われたことがある。
「せんせいは、毎日べんきょうをしていて、たいへんだね」
そのとき僕はこう答えた。
「そうだね、きっと生まれる前にずいぶん悪いことをしたからね」
前世でどれほど悪いことをしたら、この世に生まれて毎日勉強をさせられるのか、というのは冗談だが、のびた君のような子どもだったら、それはとてもツライことのように思うかもしれない。
さて、この世の中で、100%自分のためになることって、勉強をおいて他になにがあるだろう。
世の中の仕事の多くは、会社や社会のためになることではあっても、自分のためになることではない。賃金や報酬は労働の対価として受け取るものであって、間接的に自分のためにはなるが、労働それ自体が自分のためになるかといえば、意味を異なる。
勉強は学んだことがすべて、自分のものになる。多くの賢人たちが数世紀にもわたって完成させた知識と理論を、私たちは義務教育として無償で学ぶことができる。まったく興味の沸かない分野であっても、半ば強制的に同年代の友人たちとともに学ぶことができるのは、独学で学ぶことに比べてはるかに大きな利点だ。
得た知識は自分の人生を豊かにする可能性があり、一度頭の中に入った知識や知恵は、ピストルを突きつけられても、ナイフでおどされても、取り出されることはない。子どもは勉強することが仕事というけれど、それは大人のそれと違って100%自分のためになることなのだ。
 誰かのために頑張るというのは難しい。ボランティアなどで、他人のために力を尽くしている人を見ると、本当に頭が下がる思いがする。世の中のお父さん、お母さんが子どものためを思っていろいろ頭を悩ませたり、心を痛めたりしているのを見ると、心から尊敬する。誰かのために頑張るのは、簡単なことではない。
 だからこそ、子どもたちには自分のことを頑張ってほしいと思う。勉強をするということは、誰のためでもない自分のためになることだ。自分の行きたい高校や、自分の就きたい職業、なりたい自分のために、今やるべきことを、しっかりと頑張ってほしいと思う。

トピック「ねんちる」vol.91

夏の間に、高校3年生のYちゃんと近くのスーパーで偶然出会った。「AO受験の面接と、課題の作文を手伝ってほしい」時候のあいさつも前フリもなしに、すぐにそう切り出してくる、屈託のない性格は変わっていない。もちろん二つ返事で引き受けた。
 Yちゃんは超天然マイペースで、いつもアンニュイな感じ。お勉強も決してできるとは言い難く、中学3年生のとき、「ねぇねぇ、月と(平塚)総合公園って、どっちがでかいの」と真顔で聞いてきた。説明してあげるも、「ふーん」と興味なさげ。休みの日は、膝だけで家の階段を上り下りすることにチャレンジして、三時間経っていた、なんてこともあり、はたして彼女は大人になれるのだろうかと心配したものだ。
 近くのスーパーでYちゃんはアルバイトしていたのだけれど、その姿は立派に見えてひとしきり感心していたが、話すと中身は昔のまんま。おかしいやら楽しいやら。彼女の進学が無事決まりますように。

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