Nend Community News 2020-2月号 電子版
「今月の言葉」
子供はワガママを叶えて欲しいのではなくて、ワガママを聞いて欲しいのだ
───anonymous
トピック「あなたの意見を伝えて」
私が学生だった頃、短い期間とあるバーで働いていたことがある。オープニングスタッフとして雇われ、オープンまでの数ヶ月間、研修名目で時給をもらいながら仕事を覚えていった。私は仕事の覚えが早かったと思う。バーの店長は恰幅のよい、見た目からしてかたぎの人間ではなさそうな強面だったが、私を非常に気に入ってくれて、仕入れや買出しに行く際にはいつも私を連れていくようになった。
あるとき研修の中で、店長が私を指名し、他のスタッフの前で技術を披露するように言った。私は照れや気恥ずかしさもあって、皆の前ではにかんだ笑みを浮かべながら、手元のおぼつかない様子で技術を見せた。すると店長は場を中断し、私に言った。
「いいか、俺はお前ならできると思って指名したんだぞ。それをどういうつもりだ。恥ずかしいのか何なのかわからんが、にやにやしながらわざとへたくそなふりをするのはやめろ」
このときのことはよく覚えている。私は自分の内面を見透かされたような気がしたし、相手の信頼をごまかしてしまった気がした。何より真剣みの欠けた、不誠実な態度だった。
今、子どもたちに教える中で同じようなことがある。子どもたちに意見を求めて指名すると、少しも考えるそぶりもなく「わかりません」と即答される。自分の意見を言うことに慣れていないのもあるだろう。恥ずかしいのかも知れない。周りを見渡して、へらへらとごまかす子さえいる。私はこういったとき、次のように言っている。
「先生は、正しい答えを要求しているのではなく、あなたの意見を聞きたいのです。『日本で2番目に高い山は』という質問であれば、「わかりません」でもいいでしょう。知らなければ答えようがないからです。でも、あなた自身の意見に『わかりません』はありません。みんなそれぞれ意見を持っています。考えてください」
そこではっとして真剣に考えてくれる子はまれである。日々の授業の中で一番がっかりする瞬間である。つたない言葉でも一生懸命自分の意見を伝えてくれることを望んでいるのだが、私のほうこそ、子どもたちを信頼し、それをうまく伝えることができていないのかもしれない。
くだんの店長はこのわずか1ヵ月後、店のオープンを待たずに癌で亡くなってしまった。彼のことは時々懐かしく思い出す。
トピック「ねんちる」vol.144
子どもの頃、大阪に住んでいた私は時折いろいろなおみやげを食べる機会があった。浜名湖のうなぎパイ、名古屋のういろう、三重の赤福、京都の八橋、広島のもみじ饅頭。宇治や大津や丹波や姫路のさまざまな銘菓。それらは子どもだった私が知らない、名もなき大人たちの善意でできていて、口にすると甘く、どこか知らない土地のあこがれの味がした。
今、私は自分が出かけた際には生徒のためにおみやげを買うし、頂いたおみやげはすべて子どもたちに食べてもらっている。それは自分が子どもの頃に頂いた善意のペイ・フォワード(恩送り)なのだ。
先日、うちの生徒が旅行に行ってきたというので、たわむれに「おみやげは?」と聞くと、「お母さんが塾におみやげはいらないって」とその子は言った。それを聞いてとても寂しい気持ちがしたものだ。