進学塾nend

Learn Learn Learn

   

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉たべている、
蚕が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
だれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。
(「不思議」金子みすゞ)

 

ぼくがずっと子どものころは、今よりずっとものしりだった。しりたいことはなんでもしっていた。たいようは東からのぼって、西にしずむということ。花のたねをうえると、あおい目が出て花になること。くもはほんとうは水で、空にういているということ。たった一つわからなかったのは、ねむるしゅんかんはいつか、ということだけ。

小学生、中学生となるにつれ、たくさんの知らないことが増えた。
幼いころの万能感はなんてことない、僕は僕が知らないことを知らないだけだったのだ。
知らないことをうめるために学べば学ぶほど、ますます知らないことが増えてくるのはソクラテスのいう「無知の知」というやつかもしれない。それでも、学ぶことには価値がある。

 

スクールの壁には開校当時から1つの言葉が貼ってある。
“Learn, Learn, Learn”
これは僕がこの仕事を始めた20年以上前に、当時のスクールの教室の黒板の上に貼ってあったものだ。
「学べよ、学べ、学べ」
しみだらけの壁にところどころはがれたリノリウムの床。落書きだらけの机にがたがたの椅子。誰がどういうつもりでこの言葉を貼っておいたのかはわからない。でもこの標語の下で、僕の知らないたくさんの子どもたちが勉強し、巣立っていったのだというつながりを感じた。今日からここで働き始める。若くて無知で傲慢で繊細な22歳。

10年後、僕が自分のスクールをつくったときにこの言葉をもらった。初心忘れるべからず。学べよ、ファッキン学べだ。

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