進学塾nend

Nend Commnuity News 2018-9月号 電子版

   

「今月の言葉」

ぼくがこれほどあなたに執着しているのは、 たぶんあなたを自分で勝手に作り上げているからだ。

─── サン・テグジュペリ

トピック「名前を呼んで」

聴力、視力に加え言語能力を失っていたヘレン・ケラーの手に、家庭教師のサリバン先生が水を注ぎ込むと、ヘレンはこの手のひらを流れる冷たいものは何か尋ねます。サリバン先生が「それは水(ウォーター)というのよ」と教えると、ヘレンはそこで天啓にうたれたように、全てのものには名前があることを知ります。

名前があるから、私たちはそれを認識できるということがあります。
アメリカでは「肩こり」という言葉がないそうで、日本に来て暮らし始めたアメリカ人が「肩こり」という言葉を覚えることで途端にその症状を訴えるというようなことがあるそうです。
虹の色も、日本では赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の7色ですが、ドイツでは赤・黄・緑・青・紫の5色に数えられるそうです。つまり、私たちが橙や藍と認識する色は、ドイツ人には赤や青としか認識されていないということです。
私たちはものに名前をつけることによって初めて他者と分離し、そのものとして認識できるのです。

勉強についていえば、子どもたちに「苦手なところは何?」と尋ねたときに、「なんか全体的に分からないです」という子は、まだ全体像を把握できておらず、苦手部分を周りから切り離せていない(虹で言えば、まだ1色にしか見えていない)ということになります。反対に「○○の分野の××のところです」といえる子は、しっかり言語化できている、つまり自分の苦手な部分を認識できているということです。
勉強する側としては、自分にとっていったいどこが苦手でどこがわかっていない箇所なのか、意識する必要があります。そのために、質問をするということは勉強をするうえで重要なアクションになります。質問をするためには、自分の苦手な部分を言語化する必要があるからです。
また、自分が苦手な部分を口に出して「私はタレーランとティエール(ともに十九世紀のフランスの指導者の名前)がなかなか覚えられないんだよな」などと話してみる(言語化する)ことで覚えやすくなったりもします。

雑草という植物はない、といいますが、名前をつけてあげることで、私たちは色んな物事を区別して認識できるのです。自分の苦手なものや自分の感情を言語化するということは、それをより良く理解するために大切なことです。

トピック「ねんちる」vol.127

先日、鹿児島空港から福岡空港までの400キロを自転車で旅してきました。自転車は前後のタイヤを外して本体のフレームとともに袋につめて飛行機で一緒に運ぶという方法です(慣れれば分解・組み立ては10分程度です)。
初日は鹿児島空港から天草までの140キロ。出水から長島に渡り、フェリーで天草へ。世界遺産となったキリシタン関連の施設をめぐりました。
二日目は天草から柳川までの160キロ。罹災した熊本城を見て、水郷・柳川の川下りを体験。川下りでは船頭さんから柳川の歴史を教わるなどとても楽しい一日に。
三日目は柳川から博多までの90キロ。途中雨に降られながら高良大社や大宰府天満宮を回り、天神の屋台で見知らぬ老夫婦と杯を交わすなど、貴重な体験をしてきました。
旅行っていいものですね。

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