進学塾nend

本当の自分

   

ある男の子の話
彼は中学生まで転校を繰り返してきたせいか、人から嫌われないようにするクセがついた。
高校生でバイトをはじめたとき、周りから「キミはおとなしくていつもニコニコしているね」と言われたが、いつもそういわれるたびに居心地の悪さを感じた。ただ愛想よくして嫌われないようにしていただけだった。人から映る自分と本当の自分。本当の自分とはいったいなんだろう。
友人の前でおどけているときだろうか。
それとも今のようにうわべだけ愛想よくしている醜い心がそうなのだろうか。
休日に川の土手に座り、いつまでも水面を眺めている孤独な自分。あるいは眠れない夜に自転車で走り、顔を打つ風に声をのせて叫んでいる自分。母親に対していらだちをぶつけてしまう自分は何なのだろう。

あるときバイト先の2歳年上の女の子が彼にこう言った
「キミさ、本当はそんなんじゃないでしょ」
何気ない会話の、他意のない言葉だったにすぎないが、彼の背筋を凍らせるには十分だった。
「自分の意見を言わないことは、美徳じゃないよ」

他人の気分を害しないために、自分の気持ちを抑えるということは悪いことなのか。利他精神の何がいけないんだ。
彼は混乱し、困惑し、自分を否定された気になり、怒りさえ覚えたが、その言葉に納得を覚えるほど彼女は十分に孤独で、立派だった。少なくとも彼のように他人に媚びへつらいはしない。

――自分の意見を言わないことは、美徳じゃない――

彼がこの言葉の意味を本当に理解するにはまだ時間がかかったが、それでも彼が本当の自分を歩き出す手がかりとなったのは間違いなかった。

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